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魂を磨く為に出遇わされてる


す自分が鍛えられて
いづれ本当の喜びや自信が持てることの方がどんなに幸せかを知ってるとしたら
いつか
私はこの看護しか出来ないからこれが精一杯って時が来たら
この意味がわかると思う

人と交わる事を極力避けてたんだ
自分のしたい看護ができたら良いと思ってたんだ
だけどそれじゃダメなんだなと気づいた
自分のしたい看護って、思い上がりや
自己満足で 下手すると間違いにも気づかなくて 成熟した質まで辿り着けないで終わると気づいたんだ
ましてや、看護そのものが社会の中で衰退してゆく原因すら作ってしまう自分になると思った
自分勝手な看護に染まってゆくんだと思えた時、自分の魂はどんな風に昇華したいのかを考える様になった

あーそうか
自分の魂の方向を感じ取ることが
看護させて頂く方々や
一緒に看護する同志のためにもなる看護なんだと学び取りたいと一心不乱になった

それが大きな視野になるから
この日本の看護を変えてゆくんだと切り替わった時
人の意識を変えてゆく方法を習得してゆくのだと思う

それにはたくさん話し
たくさん心の中を自分も見せてゆく必要があると思い知った

自分の気持ちをいつも話せる様になったら周りも変わってゆく

自分の気持ちをそのまま伝える事は
プライベートを明かすこととは違うんだ

仕事の中でどう考えているのかを明かすという育ち合う源になる

至誠通天とは
そのまま飛ばす想いが相手に通じる人通力

それが素直な気持ちだと宇宙に認められた時
神通力に変化してゆくのだと思う

何も恐れずしてみれば良い
そして
恐ることと慎重なのは違うのだと学んで行ける

そして間違えて周りにたしなめられても良い
そのやり取りを惜しまず真っ向から
周りとやり合えば良い

そのやり取りは
良いものを残したいという大事なやり取りで

その中で学び勉強してるんだ
同時に互いにこの命活かし魂を磨く関係だと信じてゆける様になるかどうかなんだ

互いという人間を信じてるかどうかなんてどうでも良いんだ
ただ
自分の魂と相手の魂を磨こうとしてることだけは信じてられるかどうかなんだ

天は
2人に切磋琢磨して磨いて還って来なさい
出来る限り磨き合って還りなさい
と言ってる

そのために
相手を焚き付け
相手は自分を焚き付け合えば良いんだ

自分が怯んだら
相手は誰に磨くべき部分の種に気づかせてもらえる?

自分しかいないんだよ
それが出逢いが許した価値

与えられた者同士で
見つけ合ってゆくんだと腹を決めた時
慈悲が湧く
周りに相手の持ってる恐れを引っ張り出して
それを消して行ける様に種を落とす事が役目なんだと考えるんだ

そうする事で自分も学んで磨いて行ける

もう
自分が成し遂げた事はどんな事があるのか考えてみると良い
確実に周りに影響を与えて生きてる
どんどん
周りが自分の思うように動いて行ける喜びを与えられるようにすれば良いんだ

それには
仕事を与え合い
考えて行ける場面を仕事を通して育ててゆく事だね

甘えられるとか
そんな低俗な世界ではなく
育つために任せてみる

任せられない人を見定めサポートし
任せられる人を見定め自分の判断を実践させてやれば良い

そして、
間違えていれば
怯まず話せば良いと思えて実践する事は自分が周りにしてあげられる慈悲の心なんだ

否定されてると思う意見を言われる事を
恐れず受け止めようと向かって行く事は大事だと思うんだ

自分にその姿勢がないと
周りも自分が言う事を恐れ始める

自分が周りを
潰さないようにと意識して話せば、周りもそうなってゆき
本当の気持ちを言わなくなる循環が生まれる

それらは全て
自分の中にある
思い込みが恐れになり引き寄せるに過ぎなくて

周りも自分の中にある恐れの原因の
足りなさを指摘されたくないのを
感じ取ってしまい
それを避けて話す事は本当の思いやりだろうか

本気で周りの魂と自分の魂を磨き合える命として関わる事が誠実さで思いやりだと思ってる

自分は周り人の恐れを消し去る為に存在してると思えば良い

自分が周りの人の恐れに触れる事で病んで、その人の人生が壊れるとしたら
自分はいつでも
それを止めようと決めたら良い

私も人の人生を壊すなら
接触をやめようと思う

だけどその時は
おそらく人生の突き通したい
魂を磨く事を捨てた時になると思う

生まれてきて
本気で魂を磨き合えると思えた人を諦める事になると思ってるからなんだ

おそらく
惰性で無難な生き方をしてゆくのだろうね

そして私は死ぬときに吐くと思う
人間なんて所詮
そんなものね
天の道具として代わる代わる使われて
1人の命や魂なんて
天の継続的に生み出させたいエネルギーの道具に過ぎなくて
愛なんてエネルギーの産物にすぎないのねと

だったら
適当に悩むような事をしないで
1人で生きてたら良かったのになぁ
要らぬ取り越し苦労で終わっただけの人生だったわ

産まれて来て
無駄に頑張って
苦労しただけね

なんでも良いわ
食べ物も
食べなくても早く死んでも
何も残せなくても
楽なら良いわ
って結論になるね

その答えが
この人生で
この者達と生きれて良かった
自分を全部出し切れた
満足よ
っていうのと
どちらの答えを抱いて死ぬのか
ギャンブルをさせてもらえてる今なんだろうね

それをギャンブルするのに
天は多くの人達に私に出逢わせたんだろう

もし、
恐れや苦労や疑心暗鬼を恐れて
恐れに触れてくる人を遠ざけて
生きる事を選んだとしたら

それは1人で無難に生活が出来れば良いという人生を選んだ事になると思ってて

静かにどこかで暮らすんだろうな
それが多くの人たちの中で
隠居して静かに死んでゆく形と似てる気がしてる

死ぬまで
出来る事をしてゆくぞ!と決めて
生まれて来た自分をひっくり返す事となり

して来た全てが
偽善と変わり
嘘の人生に染まってゆく
価値のない人生になってゆく気がする

私は
いつかそうなるとしても
今はまだそれが出来ない人間で

やっぱり
周りと魂を磨き合って
喜怒哀楽を共にして
人間として好きとか嫌いとか
信じられるとか信じられないとか
どうでも良いから
磨き合いたい

そしていつか
私を照らす光を放つ程の人達を
眺めて死にたい

あー嫌われるような事でもたくさん話して言って来て良かった
やっぱりこれで良かったんだ

私の人生これで良かったんだ
って思って死ねる道を信じて生きてる今を諦められない私なんです

捨てられる
切られる
見切られる
嫌われる
避けられる

そんな事より
自分の信じてかけた道を諦める方が
何より一番生きる事が嫌になると知ってるんだろうと思う

それでね
諦めるのは出来ないから
その道を歩き続けて
周りの人達の魂を磨いて
自分も磨けるように
恐れを消し合えるまで
擦れ合い生きていこうと決めた

もし、周りの人達が
それを捨てるとしたら
私は逆に楽に死を選ぶ生き方に切り替えれて人間の楽さに塗れられるんだろうね

それも天が決める事で
任せて良かろうと思う

私はどの程度の魂だったのか
その答えを素直に受け止めて死のうと思う

でも今はまだ諦め切れないんだ
それはね
周りも熱く生きてるからなんだろうね

みんな魂を磨きたいんだと信じてられるからなんだろうね

周りの人達も魂を磨きたいんだと
人間としてではなく
魂として信じられたら

恐れを捨てて
乗り出せると私は信じてます

恐れを恐れないとは
周りから見た自分を知りたい
教えて欲しいと本気に思って
向かい合う人通力を生み出す
魂の力なんだね

この根底の考え方を掴み込めた時
場面場面で使う言葉が変わる
行動が変わる
眼差しが変わる

そうすると人と人が気持ちよく通じて
人を好きになってゆくね

人の中に言葉が沁み込んでゆくね
人が変わってゆくね

楽しくなくなって来たとしたら
一人ではなく
周りの者と生きてる気持ちになれる様に自分を仕向けてゆくと良いと思う

それは
やっぱり周りの人の親のように愛してしまえるように
愛させられてしまう場面を作ってもらう事だね

愛させられてしまう場面とは
プライベートがどうだとか
個人の事だからとか
考えてる隙もなく
その人の心の動きを我が事のように感じてしまえる関係性に尽きるね

自分を知り認め
相手を知り認め
互いの関係を知り認めて
出てくる波動がより美しく慈悲溢れたオーラになる事を目指すコミュニケーションが出来る事なんだろうね

自分を知るには
他者が教えてくれるのだ思えた時
素直に受け止めて
問いかけられる
そしてそれが恐れになるか
有難いと思うかで
次の目指す魂の磨きが始まる

その自分の足りなさや
恐れや情けない苛立ち
をも
貴重な気持ちだと感謝の心が生まれてくる

間違えてるかもしれないと
周りに問える
自分に問える
その意識を精進して生きるというのだろうね

周りの言葉は聞きたくないかい?
問いかけて返答が怖いかい?
関わるのが嫌かい?

その答えが
自分の中で周りの人が抱くかもしれないという恐れなのかもしれない

私は恐れがない
どんな人にも本当の気持ちを言われたい
そうじゃないと
生きてる自分の存在全てが
相手の存在全てが
本物ではなくて嘘になる

嘘の関係は私の人生を意味ないものにする気がするんだ

私は信じられるんだ
その時その時
人間として想念で相手が出てくる場面があっても
それを打ち消せる魂をみんな持ってると信じられるんだ

人間の想念に負ける人もいる
はっと気づいて
魂の方向の力で勝つ人もいる

出逢ったからには
魂の方向に勝てる関係に向けて生きて行こうと決めたんだ

人生の中で
諦めてしまった相手もいる
それでも
この人だけはと
諦めないで生きてゆこうと思える人がいる限り
魂の成長を狙って生きたい今の私がいる

諦める事を諦めてみてはどうかな?
もう
不器用さを越えるくらいに
器用さではない
剥き出しの魂の意識を出し始めれば
至誠通天

人間として人間から見ての美しさで生きたいのか
魂の美しさで生きたいのか

この部分をおそらく
天は気づかせたくて
今を与えてるんだろうね

霊界のお勉強をしなさいと
口を酸っぱく言う意味は
ここにあるのだろうね

天の集めたいエネルギーのために
たとえ部品であったとしても
私の魂は私が納得して霊界に還ることができるかという
私がより強い光に変わる為の業が人生だね

人として生きながら
魂として昇華する

人としてしか生きられなかった時
私は敗北者として
魂を磨く修行をあちらの世界でするだけ

生きて業を出来れば
あちらの世界で
高みからスタートして
多くの示唆をこの世に落とすと思う

敦子ちゃんが
私に落とす示唆が
この考え方を導いてくれてる

何故もっと
あの頃に敦子ちゃんの言葉を本当の意味で受け止めてやれなかったか
と思える言葉が

私?頑張ってるやろ?
貴女そう思う?

90代で懸命に早朝から歩き骨折をした後でした

ふらついても歩いた事や
独居で暮らし
自分で自宅で生活する事を話したわけではなかったんだと
亡き後に気づいたんだ

私に命を助けてもらおうと
私がいたら大丈夫だと
全てを人に任せられなかった気丈な頑固者が
全てを他者に託して信じるという事に頑張ってるやろ?
って意味だったと思い知ったんだ

恐れるより
信じて生きる

その強く人を信じて生きようとする意志こそが
魂が美しいエネルギーを備え放つのだと
天が看護を通して人間に気づかせたい目的で
この世に生まれた仏学の一つの手段だと気づけたんだ

看護とて
大事な事を人間に教える為に生み出された産物であり

それに気づき見つけた
私はそれを広めないとならないと同時に
それが実践できる場を創り上げて
この命を遂げないとならないのだと信じてるんだろうね

宗教が必要なくなったこの時代に入り
職業がその役割を果たしてゆくのだろうか

そんなに人を好きではないと思い込んでる人間が
人と人の間に湧き出てくる愛こそ全てと
自分の魂が溢れた時

人間としてしてる事全てが
人間として存在する価値ではなく
魂の存在価値の為にだと思えると思う

だとしたら
周りの人が伸び伸びと間違わないで出来ると自信持てる様にするには
愛満ちた関わりをしてくれていると相手が思う様になる事で変化するのかもしれないね

人間が人間に話す言葉を選ぶか
魂と魂が巴になれる言葉を選ぶか
そこを引っ張り出すのは
自分でもあり
相手でもあり
双方の放つ波動のオーラ

そのオーラがより
美しい互いの魂を磨く人生の価値への愛が変化させてくれる世界がある気がしてる

人は育つ時に
育ててくれる人の気持ちは汲めない
自分に必死だからね

真から
自分を愛させて
自分に惚れて
自分を大好きにさせれば近道ね

周りに認められたい
周りに褒められたい
そして
学んで生きたい
磨いてゆきたい
と思える様にするには

どうしたら良いだろうか
その答えが
きっと私達の魂を磨く答えなのかもしれないね

かがやき訪問看護ステーション
〒874-0042 大分県別府市鉄輪東3組-5
TEL 0977-85-8401 FAX 0977-85-8402
完全365日24時間緊急連絡及び対応あり
緊急連絡先【看護】TEL 070-5481-8405

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