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宮本武蔵と流派


佐々木小次郎
柳生など
他にもたくさん流派というものがある

流派の意味を調べたら面白い説明があった

流派によって差が出るとある
ならば、お主はどの流派か?
と出会い頭に問うて
流派を聞いて刃を交わすのか決めるていたのだろうか

強さは差があるのはわかるが
流派を聞いて戦うのはやめようと決めるのもおかしなものだと感じたが

おそらく過去にその流派の四天王や親方と交えて勝てた者であれば
余裕で闘うだけの話も気がしたが
修行の身であればやめたのだろうか
という疑問も出てくる

今の時代の中で流派らしい表現をするならば
会社名を聞いて何を判断するのだろうか

社風、社訓、企業理念だろうか

もし、社会が
かがやき訪問看護ステーションと聞いて
あー、あそこはこうだからと発言したとしたら
どうなのか聞いてみたいなと思った

おおよそ
あそこはこうだからと言いそうな顔が浮かぶが
大概が大外れな気がするが  笑笑

と言うのも、当社の今の様子とて
私の中では修行の途中であり
目指すところには達しておらず
流派にもなっておらず

そのとてつも遠い道のりまで見えていて
先日も松井友美ちゃんと
こうなったら良いのにねと話した具合でありますから

私が訪問看護ステーションの経営状態を納得する形は、やっと見えて来た頃であるだけなのです
そこにはまだ遠く
果てしないエネルギーを費やすのも見えていて
創業開設した時も20年は費やすなと考えていておりました
そう易々と流派と言えるような形は人の手の中には収まらないと考えております

音のない音を聞く
風に含まれない音を聞く
見えない世界のメッセージを聞く
気配のない気配を感じる

そんなものなのではないでしょうか
そんな巧みの世界を感じるには
とてつもない修行が必要と心得ております

時に人は間違い勘違いを繰り返しながら
己の未熟さを苛立ちにしたり
歯痒さに己を嫌になったりしながら
情けなさを学び
情けをかけなくなってゆく必要がある気がします

魂の脱皮
これをたくさん見てきました

周りの者が脱皮する時
開き直り
八つ当たり
苛立ち
自己嫌悪
あがき
罵倒

そしてそこから脱皮する時
思いもよらぬ高熱にうなされ
身体から何かが抜けて
スッキリと変化する

見えたのは
決心
決める心がスッキリするのだろうと思った

人はなんで愚かなのでしょう
決める事ができなくても生きて行けると思ってる甘さ
これを愚かと言うのだろうと感じるようになりました

されど決めた事を覆すのも
これまた決心より遥かに強い精神だとも気づくのです

弱気を認める決心は
強くあると決めるよりも
大きな決心であり

それが
開き直り
八つ当たり
苛立ち
自己嫌悪
あがき
罵倒
から脱皮する過程であり
それもとても大切な事だと
40代で学べました

それが
自己を認める力の重要性に目覚めてゆくのだろうと思います

強さや凄さを競い合い
流派を語るより

その刃に何を託し
何を目的とするか
その目的は周りには見えないものだろう

突き進む時、殺気があっては
真の目的への決心ではないと思っておりました
疑心暗鬼に操りがあっては
即座に見抜き笑い飛ばせる程に
柔らかな静寂の中にあらねば
達する事能わず
と思うのです

情けをかけず
刃を振り立ち回りながら
それでも
愛満ちて愛こそ全てであるか

それが解らぬ者は
見えないだろうと思うのです
そして
解らぬ者は言うのです

流派どこぞ?
あーあそこの訪問看護ステーションなのねと

私はどこかの会社さんを語る時
その中の会った方の立場と振る舞いを語る
その会社として語ることはしない

何故か
それはそのあった方が修行の身か
その本体であるかで
大変失礼な表現になるからです

そこすら見破れて
世の中の風評を判断出来るようにならねばと思うのです

風評を聞いて
実際にそのトップにあった時
えらく違う事が多い

あートップが社員に裏切られてるな
と感じたりする会社も多いのです
それでもそのトップが
えらく立派であったら
過渡期なんだろうな
いづれ掃除されるだろうな
と思えます

もし、世の中が
当社のことを語っているとしたら
その者に問いたい
松井友美ちゃんと会って話した事がありますか?
松井友美ちゃんが貴女と真に向き合って話してますか?
と問いたい

トップたる者は腹の中全てを見せません
それは
腹黒い人を見抜くからです

この話を聞いて
貴女が腹黒ければ
腹の中全てを見せないのは汚いと思うでしょう
そして貴女はまだ修行中という事です

逆に、その通りだな
あんなに見せては足を掬われるからなと思えば
清らかな精神世界の中にいるのだと思います
そして貴女はもう人の上に立つ立場にあるのだと思います

世の中の風評も
流派もおおよそ
8割の修行者が流していると思えばこそ

その8割に浸透する流派が
本物の力だと思うのです

その力とは
強さではなく
こだわりという未熟さもなく

自然の中の柔らかい静寂の力

物事の在り様を
そのまま受け止めてエネルギーに飲み込める力で在ります

当社の訪問看護ステーションの流派を語るならば
松井友美ちゃんの支援の姿を見に来るとといいなと思います

されど
その凄さがいかほどか
感じ取る事が出来れば良いが
一緒に働くナースさえ
感じとれない者も多く
勘違いする時期も長いですから

匠の技は
弟子とて何人が見破れるのか

彼女は私を師匠と勘違いしていた
その勘違いを解き解くのに
流派の違いをぶつけた日々がありました

釈迦になるには
提婆達多が必要であり
文殊も必要であり

足を引っ張り
叩き潰してくれる位の存在がないと
釈迦となり得ず

思えば私にもそうであったように
人には動と静が必要で
人の精神を丁度に誘うには
常に真逆を唱える者が必要なのです

その両者が共に刃を振らずに
己を認めるように
相手も認めた時に
流派は挨拶となり
義の中の交わりと化す

宮本武蔵が強くなりたかっただけとしたら
大したことはない人で終わり
学が足りなかったという結論になる

もう少し
宮本武蔵をお勉強してみようと思う

当社の訪問看護ステーションがどうであるのかを語る者が居たら
私と面談を是非して欲しいと願うばかりです

愚かであれば叩ききり
素晴らしい刃を持ち合わせていたら
頭を下げて乞うだろう

お願いだから
当社に来てくれないでしょうか?
貴女が必要です
貴女が当社に欲しいと

世の中は
己が見てる感想で
貴女を判断するのです
迂闊に発言しては笑われる

それさえ知らずに口を動かす

惜しみ惜しみ語る松井友美ちゃんの
口から出る言葉を感じ取れる者との出逢いを今後も願うばかりである

天よ
時間が近づいています
人間社会に本物の眼を持つ者達を
お集め下さい
宜しくお願い致します

一気にやり上げ
その重厚さを積み重ねる月日と
私の寿命を重ね合わせてくださる様心からお願い申し上げます

動と静寂が融合する様に
肉体と精神の融合を狙います
40代の頃
私の寿命は64歳でした
それから76歳までアップさせました

80歳までアップさせるのは限界があるかと思う様になりました
人生前半に痛手を負った
我が人生を悔いております

私ごとの呟きでございます
急げ私!
私のライバルは
自分の肉体の細胞の中のミトコンドリアの死滅数であります

ユーグレア飲んで寝ます
笑笑
明日で2人目増員

シフトの闘いには勝てた夜明けが来たようだ
寿命を削らず生きてゆこうね

私は二刀流の修行に出ますわ

かがやき訪問看護ステーション
〒874-0042 大分県別府市鉄輪東3組-5
TEL 0977-85-8401 FAX 0977-85-8402
完全365日24時間緊急連絡及び対応あり
緊急連絡先【看護】TEL 070-5481-8405

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